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鉄人28号 感想(はげしくネタバレ編)

20日の感想に続き

シャマラン監督に撮らせるべきであった、というのは一緒に見に行った某師匠の弁。
この鉄人28号においては、主人公である正太郎少年の父への複雑な思いが主軸の一つとなっている。
おそらくは監督の「俺の鉄人」として、家族の絆という要素をぶちこんだのだろうが、これがいささか構成、演出ともにまずく、映画のリズムを崩す役にしか立っていなかった。
これに対して某師匠が唱えたのがシャマラン監督によるシックスセンス演出である。
つまり阿部寛はつねに主人公の隣にいて、主人公と会話するのだが他の登場人物には見えていないという奴。
ミミ・レダーでも良かったというのも某師匠の弁。
たしかに、TVドラマ並みのレイアウトを考えればハンディ多用で臨場感の表現が上手いミミ・レダーというのも頷ける。
私は、どうせキングレコードが絡んでるなら庵野を引っ張ってくるのが無難だろうと思った。
他、主人公は転校生で、友達ができずにいじめられているのだが、鉄人の操縦主だとバレた瞬間、応援される点。子供たちの演出が薄すぎる。子供ってこんなもんだろうという適当さがありありと感じられる。操縦主が主人公でなければならないという説得力が薄い点。特殊能力故にと言われているが、その能力が鉄人の操縦に生かされた描写が皆無な点。訓練にくじけた主人公が海辺でたたずんでいるところにMIT出の天才少女が慰めに来る下りでは、"おそらく”主人公の淡い初恋を演出しようとしていると思われるが、まったくもって欠片もそのような印象を与えられない点。せめてカメラアングルもっと工夫して半分水中から煽るとか、水滴とばしてキラキラ描写とかいろいろ印象付けできるだろうに、まったくなんにもやってないのは映像センスを疑ってしまう。また、最後に鉄人が空から落ちてきて主人公らが大喜びするが、彼らが鉄人に思い入れがあるような演出はそれまでになかったので非常に唐突である。さらに時系列がよくわからん演出になっているので(場所が海辺に変わり、事件直後であることを示唆する演出が何もない)、見た瞬間には非常に混乱した。
クライマックスの鉄人とブラックオックスの格闘において、この、演出のピントがどこにもあっていないという欠点もまたピークを迎える。戦う鉄人、苦しむ主人公、応援するスタッフ、声援を送る友達、それらが均等に描写され、非常にスピード感皆無な映像を演出する。天才少女は主人公の傍に居たかとおもえば指揮車の中にいたり警官たちとともにいたり、え〜なんと申しますか、カットが繋がってないんでないのという疑いすら一瞬抱いてしまう。鉄人とブラックオックスの格闘は、ある意味で言えば革新的と言えるかもしれない。なにせあの形状。戦うとなれば体を中心に腕をぶんぶん振り回すしかない。なるほど、これはリアリティあるなと、皮肉を込めてではあるが鑑賞中に思わなくはなかった。機械人形のどつきあいはかくあれかし!
次に社会的リアリティだが、大塚長官はいったい何者なのか?まったくもって不要なキャラクターなんだが。原作に登場するキャラクターだから登場させるというならば、原作にないエッセンスを投入するなといいたい。また、巨大ロボが暴れているのに警官が拳銃で射撃ってのはどうだろう。しかもビルの陰に隠れてからもまだ撃ってたし。なにも考えていない編集であることは確か。徹頭徹尾小規模の警官隊しか投入しない謎対応。普通に考えれば自衛隊が出てくるだろう。戦車は出てこなくとも中MATくらい装備した軽装甲車が出張ってこないか?監督も脚本家も社会や政府組織に関する知識がないのはわかるが、それにしても誰か何か言うやつはいなかったのか?鉄人を操縦する主人公に護衛すら付いてなくて、安直に狙撃を許してるし、警察の狙撃部隊はオープンスペースに突っ立って狙撃してるし、現場を敵の首謀者がヘリで飛び回っているのに誰も怪しまないし・・・
大人はいびきをかき、子供は菓子を食ったり走り回ったり・・・その結果があの館内の惨状だった。
もはや神脚本に神演出、神編集の域に達していた。
ただ、天才少女を除く俳優たちの演技が実にまともなのが涙をさそう。

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